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キャッシュフローの査定方法

1-2. キャッシュフローの査定方法

■「キャッシュフロー」とは?

不動産の賃貸事業により得られる純収益を意味する「キャシュフロー」は、概念的に「総収益から総費用を引いたもの」として理解されるが、統一的な定義がある訳ではなく実務では様々な使い方がなされている。ここでは、実務でキャッシュフローを表すために使われるNOI、NCF等の用語について解説のうえ、総収益・総費用等の中身を整理し、査定上の留意点をまとめる。

 

図表2【キャッシュフローの定義】

キャッシュフローの定義】

・潜在総収入(可能総収入ともいう、Potential Gross Income、PGI)

=賃料収入+共益費収入+水道光熱費+駐車場収入+その他収入

・総収益(有効総収入ともいう、Effective Gross Income、EGI)

=潜在総収入-空室損失-貸倒損失

・総費用

 =建物管理費(BMフィー)+プロパティマネジメントフィー(PMフィー)+経常修繕費+水道光熱費+公租公課+損害保険料+その他費用

NOINet Operation Income

=総収益-総費用

NCFNet Cash Flow

NOI-長期修繕費-テナント募集経費+一時金運用益

 

 

 

  

図表2を見て分かるように、総収益とはその不動産を賃貸することで標準的・経常的に得られる全ての現金収入を、総費用はその費用を保有・管理運営するために標準的・経常的に必要となる全ての現金支出をそれぞれ意味する。なお、ここでは現金支出を伴わない企業会計上の減価償却費は計上しないのが通常である。

NOIは、総収益から総費用を控除して計算され賃貸事業により経常的に得られる現金収入を意味し、NCFは、NOIから突発的・臨時的に発生する長期修繕費、テナント募集経費を控除し、敷金・保証金等の一時金の運用益及び償却額を足して計算される現金収入を意味する。NOI・NCFはその不動産を賃貸することによって生じるキャッシュフローを表すものであり、不動産を取得するために調達した借入金の金利コストやいわゆるアセットマネジメント業務に係る報酬は含まれない概念である。

 

■総収益の査定

(1)賃料収入及び共益費収入

賃料及び共益費は、通常、「月額賃料・共益費=賃貸面積×賃料・共益費坪単価」で契約されるため、賃貸面積及び坪単価のそれぞれを適切に把握することが重要である。賃貸面積(契約面積ともいう)は、共用部分(エレベーターホール、トイレ、給湯室、共用廊下等)を除く、テナントが専用的に使用できる専有部分を対象とするのが一般的であるが、小型ビルや一棟全体を一括賃貸する場合(一棟貸し)には、専用部分に加え共用部分を含めて賃貸面積としているケース[1]があるので比較をする際には留意を要する。すなわち、一棟貸しの物件で賃貸面積あたりの坪単価が周辺相場と同等水準であったとしても、そのテナントの退去後に一括貸しの後継テナントが見つからず、その物件を複数のテナントに賃貸せざるを得ない場合も想定される。このようにマルチテナント化する場合には、従前は賃貸面積に含まれていた共用部分が賃貸面積でなくなる結果、賃貸面積が大幅に減ってしまうことから従前の賃料坪単価と同水準で賃貸できたとしても賃貸収入は大幅に減ることに注意する必要がある。

[1] 専用部分のみを賃貸する通常のケースを「ネット貸し」と呼ぶのに対し、共用部分を含んで賃貸している場合を「グロス貸し」とも呼ぶ。

賃料水準の妥当性を検討するにあたり用いる坪単価は、賃料と共益費を合計して計算した「共益費込の賃料坪単価」を採用する。これは、テナントがオフィスビルを借りる際に賃料と共益費を合計した「共益費込の賃料」で物件毎の賃貸条件を比較するためである。名目上、賃料と共益費に分かれているだけであり、それぞれを比較するのではなく、賃料と共益費の合計額で水準比較を行う(以下、単に賃料という場合には共益費を含む)。

賃料水準は、物件の現状及び過去の賃料水準の検証、類似の賃貸事例データの収集、賃貸仲介会社へのヒアリング等により査定を行う。しかし、同一エリア内の物件であっても、物件毎の個別要因、すなわち立地(最寄り駅からのアクセス、道路付け)、建物仕様・設備(個別空調、OA対応、24時間対応、天井高、電気容量、床荷重)、建物経年(築年数)、賃貸可能面積(同一階のフロア面積)等により大きく水準が異なってくるため、専門家による査定が必要となってくる。最近は地震被害を考慮して耐震性(1981年の建築基準法改正後の「新耐震設計基準」を満たしているかどうか?)もテナントがオフィスビルを選別する際のポイントになっている。また、大手不動産会社やJ-REIT保有するようないわゆるスーパーAクラスビル[2]ではビル名を言えば誰でも分かる「ランドマーク性」や「ブランド性」も賃料決定の重要な要因となっている。

[2] 例えば、東京都心あれば「丸の内ビル」、「六本木ヒルズ」、「霞ヶ関ビル」、「恵比寿ガーデンプレイスタワー」等である。

 

図表3【オフィスビルの建物仕様・設備の目安】

 

仕様・設備

判断の目安

個別空調

空調設定をテナントが個別に制御できるか、ビル全体のセントラル制御か。

OA対応

OAフロアやフリーアクセスフロアと呼ばれる二重床が設置してあるか。

24時間対応

専有部分へ24時間自由に出入りをすることができるか。

天井高

天井の高さが2.5~2.6m程度あればAクラス。

電気容量

コンセント電源の電気容量が40~60VA/㎡程度あればAクラス。

床荷重

床荷重が300kg/㎡程度あればAクラス。

フロア形状

整形でデットスペースが少ないか。柱が多くないか。

耐震性

新耐震設計基準を満たしているかどうか。

 

(2)水道光熱費(収入項目)

収入項目としての水道光熱費は、オフィスビルにおける専用部分に係る電気料金、水道料金、時間外空調費用等の実費相当額の料金収入を意味する。これは、オフィスビルは所有者が一括して電力会社、ガス会社、水道局等と使用契約を締結するため、専用部分に係る水道光熱費は所有者が各テナントから使用実績に応じて料金を徴収する形態となっているためである。水道光熱費は、物件によって大きく異なるので過去の収支実績(トラックレコード)をもとに計上すべきである。

一方、所有者は専用部分と共用部分の水道光熱費を支払うため、テナントから徴収する水道光熱費(収入項目)と電力会社等へ支払う水道光熱費(支出項目)の双方を計上する場合と、両者を相殺した金額を収入又は支出のどちらかに計上する場合がある。一般的には、所有者は空室発生時にも水道光熱費の収支がマイナスにならないようにテナントからは実費よりも多く料金徴収している場合が多く見受けられる。査定にあたっては、安定的に収支がプラスになっていれば収入として計上するが、不安定な場合や異常に大きく収支がプラスになっている場合等は適切に補正すべきである。

一方、賃貸住宅の場合には各住戸が個別に電力会社、水道局等と契約する形態であるため、通常、水道光熱費は収入計上されない。

 

(3)駐車場収入

駐車場収入は、月極貸し形態での賃貸収入と時間貸し形態での賃貸収入とに分類される。いずれの場合についても過去の稼動実績・収入実績、周辺駐車場の単価等のデータを用いて安定的な収入水準の査定を行う。月極貸しの場合は入居テナントに対して貸すことがメインであるが、貸室部分が満室稼動であるのに駐車場の稼働率が低い場合には設定単価に問題があるか、機械式駐車場等で使い勝手が悪いか等原因を分析する必要がある。そのような場合には改善策として設定単価の見直し、外部テナントへの貸し出し、時間貸しへの転換等の検討が必要である。

 

(4)その他収入

その他収入として一般的に計上され得るのは、オフィスビルにおいては看板使用料、自動販売機収入、携帯電話アンテナ・基地局設置収入、賃貸住宅においては礼金収入、更新料収入である。

 

(5)空室損失

空室損失とは、不動産賃貸においてテナントが退去してから新たに入居するまでに未稼働期間(空室期間)が現実には発生することから、空室期間に応じた賃料収入の減少幅を意味する。通常、純収益の変動分析を分かりやすく行う目的で、まず、賃料収入や駐車場収入は満室・全区画稼動した場合を想定し、その不動産が最大どれだけ収入をあげることができるかを示す「潜在賃貸収入」を把握する。次に、物件の過去の空室実績、現在の空室状況、周辺マーケットの空室率等のデータを考慮のうえ、潜在賃貸収入に対して現実的に獲得可能な賃料収入の占める割合である稼動率(空室率=1-稼働率)を査定し総収益を算出する。

空室率は、事務所・店舗・駐車場等の用途に応じて個別に設定する。また、一棟貸しの物件で定期借家契約等により賃貸期間中の解約禁止特約が付されており、長期にわたり空室となる可能性が低い場合には空室損失を計上しない場合もある。空室損失は総収益のマイナス項目として計上される場合と総費用の一項目として計上される場合があるが、経費率の水準比較を適切に行うためもあり、一般的には総収益のマイナス項目として計上される場合が多い。

 

(6)貸倒損失

 貸倒損失は、テナントの倒産等の理由で賃料不払いが発生した場合に所有者が被ると予測される損失相当額を計上するものである。通常、敷金・保証金等の一時金によって損失の担保がなされていると判断されるため、計上しないケースが多い。

 

(7)一時金運用益

 一時金運用益は、不動産鑑定評価において、テナントから預託されている敷金・保証金等の一時金に係る資金運用益として一時金×2%程度を計上するものであり、NOIからNCFを算出する際の加算項目として用いられる。一方、投資判断を行う際の査定においては現状の金利環境に鑑み収入としては見込まないのが通常である。

 

■総費用の査定

(1)建物管理費(ビルメンテナンスフィー、BMフィー)

建物管理費は、建物のハード面を管理するためのコストであり、大まかに①設備関連、②清掃関連、③警備関連から構成される建物管理業務(BM業務)に対するコストである。それぞれの詳細内訳は、以下のとおりである。

①     設備関連:電気・空調・消防・駐車場・エレベーター等の設備管理・保守点検費

②     清掃関連:日常清掃費、定期清掃費、植栽管理費

③     警備関連:機械警備費、巡回警備費

 

 

建物管理費は、建物を管理するための必須コストであるとともに、建物の資産価値を維持するための重要な投資コストであると認識する必要がある。キャッシュフローを向上させるために建物管理費をあまりにも削減してしまうと、テナント競争力の低下や設備の機能低下を招き資産価値自体が下がってしまいかねない。但し、仕様レベルが過剰となっている場合やマーケット水準と比較して高水準と判断される場合には、適切な水準への減額を検討する。

建物管理費の水準は、オフィスビルであれば規模・設備によって異なるため個別に仕様書・見積書にて水準の適否を確認する必要がある。仕様書等の詳細資料が入手できず概算レベルで査定する場合には、延床面積ベースでの現行の管理費坪単価を算出し、一般的な水準と言われる坪単価800~1,000円程度との乖離の程度を確認する。

なお、清掃関連では、共用部分の清掃費以外にテナントが専用部分において委託する清掃費を所有者が一括して清掃業者に発注するケースがある。この場合には、テナントから共益費とは別に清掃費を徴収していることから、通常の共用部分に係る清掃費とは区別して把握すべきである。

 

(2)プロパティマネジメントフィー(PMフィー)

建物管理費がハード面であるのに対し、PMフィーは賃貸事業のソフト面を管理するためのコストである。PM業務は、必ずしもその業務内容は一律でなく契約毎に異なるものであるが、プロパティマネジメント会社(PM業務の委託を受けた管理会社、略してPM会社という)は、オーナーが所有者又は賃貸人として行うべき各種の事務手続きを代行し、物件管理に関する対外窓口となる役割を担うことになる。具体的な業務内容としては、建物管理会社の管理・監督、テナントリーシング業務、修繕・資本的支出関係業務、請求・入出金・口座・台帳管理業務、レポーティング業務等があげられる。所有者は建物管理窓口を一本化させるためPM会社に対してBM業務を委託することが多く、PM会社は自らBM業務を行うか、外部の専門会社に対して再委託することになる。

PMフィーの水準はBMフィー相当額を除いたベースで、賃料収入に対する割合(賃料収入×2~4%程度)で決められる場合が多いが、物件管理に係る事務手間、テナント数、報酬の絶対額により個別に設定される。

 

(3)経常修繕費、長期修繕費(資本的支出)

 経常修繕費には、建物の機能維持に経常的に必要となる改修費用のうち資本的支出に該当しない修繕費を計上する。一方、建物の機能維持に臨時的に必要となる費用で、建物の使用可能期間を延長させる工事及び設備等の全面的更新を対象とする工事については資本的支出に該当するものとして長期修繕費として計上する。

経常修繕費及び長期修繕費は、通常はエンジニアリングレポートの長期修繕計画(実地調査による現状の劣化レベルと統計的な修繕・更新費用の見積りをもとにして、対象期間を10年や12年として当該期間において発生すると予測される経常修繕費・長期修繕費を推定したもの。)をもとに計上する。エンジニアリングレポートが無く概算値で計上する場合には、当該建物の建築費(再調達原価)を推定のうえ、建築費に対して適切な割合(建物用途・仕様・築年数等によって異なるが、一般的には経常修繕費と長期修繕費の合計で1%程度が目安とされる)を乗じて概算値を求める。

 

(4)水道光熱費(費用項目)

 費用項目としての水道光熱費は、共用部分に係る電気料金、水道料金等の実費相当額の支出を意味する。収入項目と同様、水道光熱費は、物件によって大きく異なるので過去の収支実績をもとに計上すべきである。一棟貸しの場合等で共用部分も含めてテナントに賃貸している場合には、テナントが全額負担する場合もある。

 

(5)公租公課

 土地建物の所有者として課税される公租公課として、固定資産税及び都市計画税(合わせて固都税と呼ぶ)を計上する。固都税は、課税明細書、土地家屋名寄帳、評価証明書、公課証明書等の資料により確認した税額の実績を計上する。

固都税には各種軽減措置があるため、固定資産税評価額のみでは適切な税額を把握しきれない場合があり、課税標準額及び税額をできるだけ把握する。特に、新築の賃貸住宅で一定の要件を満たす場合には、当初3~5年間に限って税額が減額されるので過去実績のみで判断せず、軽減措置が終了した後の税額を把握のうえ査定する必要がある。

 また、土地及び建物に係る公租公課に加えて、償却資産(看板、受変電設備、立体駐車場設備等)がある場合には償却資産に係る固定資産税が負担となることに留意する。

 

(6)損害保険料

建物所有者として一般的に付保する保険としては、①火災保険、②賠償責任保険、③利益保険がある。この他、地震リスクをヘッジするための地震保険を付保する場合があるが、保険料負担が大きいため現実的には付保されるケースは極めて少ない。保険料は見積書があればそれを採用するが、概算で把握する場合には建物の再調達原価の0.1%程度を計上する。

 

(7)その他費用

その他費用としては、道路占用料、町内会費・自治会費、CATV視聴料、インターネット使用料、支払地代等があるが、実績に応じて計上する。

 

(8)テナント募集経費(テナントリーシングコスト)

 テナント募集経費とは、テナントを誘致するために必要となるコストであり、テナント仲介業者宛て支払う仲介手数料(賃料1か月分相当額)、テナント募集広告宣伝費用から構成される。テナント入替率(1年に全体の何%が入れ替わるか?)・回転期間(何年でテナントが全て入れ替わるか?)等を考慮のうえ査定を行う。一般にオフィスビルよりも賃貸住宅の方が回転期間は短く、ワンルームの賃貸住宅においてはテナント入替率25%(回転期間4年)程度で計上する場合が多い。計上区分としては、総費用の一項目とする場合と、NOIからNCFを算出する際の控除項目として計上する場合がある。