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付加価値の創出(バリューアップ)の仕組み

2-2. 付加価値の創出(バリューアップ)の仕組み

■不動産のバリューアップ戦略とは?

 不動産投資マーケットでは不動産ファンドやJ-REITが積極的な投資スタンスでいる一方、投資対象となる「投資適格不動産」の供給不足により、物件獲得競争が繰り広げられている。その中でより一層注目を集めているのが、投資対象についてバリューアップを施す前提で投資を行う投資戦略(これをバリューアップ戦略という)である。ここでいう「バリューアップ戦略」とは何か? 概念的には以下のように説明できる。

 収益不動産は一般に土地と建物から構成され、その用途はオフィスビル、賃貸住宅、商業施設・店舗、ホテル、物流倉庫等々と様々である。バリューアップ戦略の根本的な視点は、一つの不動産がその不動産が本来的に持つ潜在価値(ポテンシャル)を最大限発揮しているかどうか? という点に尽きる。例えば、東京駅至近の土地に低層の倉庫が存在すると仮定しよう。この不動産はその潜在価値を最大限発揮していると言えるだろうか。答えは否である、と不動産の専門家でなくとも容易に想像がつくであろう。その土地が人通りの多い繁華性の高いエリアに存するのであれば、低層階はコーヒーショップ、コンビニ、物販店舗、アパレル店舗、金融機関の店舗等のテナントを誘致した方が明らかに収益性の高い不動産になる。また、東京駅至近であり交通利便性が高いことから周辺エリアはオフィス街が広がっているとすれば、中層~高層階はオフィスビルとすべきであると考えられる。

 

バリューアップ戦略とは、このように現状何らかの理由によりその不動産の持つ潜在価値を最大限発揮していない不動産を取得のうえ、バリューアップに必要となる各種ノウハウ・スキル・ネットワークを駆使して追加投資を行い、潜在価値を引き出すことにより不動産価値を高めることを意味する。なお、不動産について付加価値を創出するという観点から「バリューアッド(Value-Added)戦略」という言葉も使われるが、基本的にはバリューアップ戦略と同様の意味であると理解する。

なぜ物件獲得競争が過熱しているマーケット環境下、バリューアップ戦略が注目されるか? 理由は以下のとおり説明できる。不動産投資のプレーヤーが少なかった時期においては、不動産売買マーケットは買い手市場であったため比較的割安に投資対象を取得(仕入れる)ことができ、それを単純に転売することにより売却益を稼ぐことが可能であった。しかし、不動産投資プレーヤーが急増し不動産売買マーケットが売り手市場となったため、一般的な売買取引において割安に投資対象を取得することが困難な状況となってしまった。他の不動産投資プレーヤーと差別化を図り、的確にリターンを狙うための手法として、バリューアップ戦略が注目されているのである。

 

 次にバリューアップ戦略の類型を整理してみたい。

バリューアップ戦略の類型

①     収益アプローチ:「収益面」に着目し、いかに収入を増やすか?

②     費用アプローチ:「費用面」に着目し、いかに支出を減らすか?

③     キャップレートアプローチ:「キャップレート」に着目し、いかにキャップレートを下げるか?(投資対象として優れているAクラス物件にいかにするか?)

 

上記のとおり、バリューアップ戦略は3つの類型に分かれる。一つ目は、収益アプローチ、二つ目は費用アプローチ、三つ目はキャップレートアプローチである。何度も登場するが、以下の不動産価値を算出する収益還元式で考えると、不動産価値を向上させるためには、分子のキャッシュフローを向上させる戦略を取るか、分母のキャップレートを下げる戦略を取るかいずれしかない。次に3つの類型を個別に解説する。

           P=I/CR             (1-1)

 

■収益アプローチとは?

 収益アプローチは、キャッシュフローを向上させる戦略のひとつで、既に述べた総収益について改善余地がある場合に採用可能なバリューアップ戦略である。具体的には、以下のとおり分解できる不動産賃貸収入をどのように向上させるかに懸かっている。

不動産賃貸収入 = 満室稼動時賃貸収入 - 空室損失

= 賃料単価(共益費込) × 賃貸面積 × 稼働率

 

 まず、建物設備・仕様が経済的・機能的に陳腐化しており、周辺エリアにおけるマーケット水準と比較して、賃料単価や稼働率が相対的に低くなっているオフィスビルを想定する。この場合には、以下のような各種リニューアル工事を実施し、テナント競争力を回復させることにより、賃料単価や稼働率の上昇を図り満室稼動時賃貸収入を増加させ、空室損失を下げることが可能となるのである。これらの工事を行うことを「リノベーション(Renovation)」という。リノベーションにあたっては、リノベーションに要するコストと実施することで得られるリターンを比較し、費用対効果を検証する必要がある。なお、ここでいうリターンとは、キャッシュフロー向上による収入増のみならず、キャッシュフロー向上を通じて不動産価値自体の増分を考慮する必要がある。

 

問題点

バリューアップポイント

空調設備がセントラル制御

テナントの自由度が高い個別空調化

室内の床がOA対応していない

PC配線が床下に納められるOAフロア対応

出入りが24時間対応していない

24時間対応化

トイレが和式のみである

トイレを全面リニューアル、洋式化+温水洗浄便座に

エントランス、エレベーターホールが暗い・汚れが目立つ

エントランスやエレベーターホールを全面リニューアル

 

 次に、建物設備・仕様の陳腐化自体が問題でなく、不動産の立地するエリアの特性が変化してしまったことにより、建物用途に問題があるケースが想定される。この場合の対応策としては、①建物取壊し+建替え(新築)、②建物改修+用途変更(この工事を「コンバージョン(Conversion)」という)のいずれかを行うことにより賃貸収入アップを図ることを検討できる。従来、上記のようなエリアの特性変化により当該エリアでの最適用途に適合しなくなった不動産については、①の取壊しのうえ建替えるという手法が用いられてきたが、近年では②のコンバージョンを採用する事例が増えてきている。コンバージョンの特徴(メリット)は、建替えと比較して建築コストが低く抑えることができ、改修に必要となる工事期間が短期間で実施可能である点にある。コンバージョンの具体例としては、オフィスビルを賃貸住宅へと転換するケース、オフィスビルをホテルに転換するケース等様々なケースがあるが、法令上の制限等の関係からどの不動産でも実施可能という訳ではなく、一定の制約があるため実施には限度がある。

 なお、収益アプローチとしては、最も古典的な手法でリスクの少ない手法であるが、広告看板や自動販売機を設置することにより「賃貸面積」を増やす手法がある。但し、そのキャッシュフローに与える効果は限定的であると言わざるを得ず、劇的な変化は望めない。

 

■費用アプローチとは?

 費用アプローチは、収益アプローチと同様、キャッシュフローを向上させる戦略のひとつで、既に述べた総費用について改善余地がある場合に採用可能なバリューアップ戦略である。具体的には、建物管理費を適切な方法により削減することを検討する。なお、建物管理費以外のコストは通常不動産を保有・維持するために必ず必要となるものであり、削減は困難である。[1]

[1] 短期間での転売を前提とした不動産ファンド等では投資リターンの極大化を目的として建物の修繕を殆ど行わずキャッシュフローを向上させるケースもあるが、もちろんバリューアップ戦略とは言えない。

 建物管理費の項目で解説したとおり、建物管理費は建物を管理するための必須コストであるとともに、建物の資産価値を維持するための重要な投資コストであるため、キャッシュフローを向上させるためにいたずらに建物管理費を削減することはできない。管理の仕様を落としすぎてしまった場合には、テナント競争力の低下や設備の機能低下を招き資産価値自体が下がってしまいかねない危険がある。

 管理運営方法の改善策として、具体的には、警備関連費用について有人による巡回管理としていたところを機械警備に変更したり、機械式駐車場について有人常駐管理としていたところを無人管理としたりする等の方策が見られるが、その不動産の特性と現状の管理仕様を踏まえて個別に検討する必要がある。

 また、建物管理会社について現状の業務委託先に機械的に継続委託するのではなく、管理仕様を一定に揃えたうえで入札方式により決定するなどの方策も実務においては重視されている。

 

■キャップレートアプローチとは?

 キャップレートアプローチは、キャップレートを下げることにより不動産価値を高めるバリューアップ戦略である。既に、キャップレートはその不動産の立地するエリアキャップレートに不動産の立地条件・規模・耐震リスク・設備の良否・テナント形態等の個別要因を適正に反映して、評価対象となる不動産個別のキャップレートを査定するものであると解説した。そこで、不動産の立地は動かしようがないが、その他の要因については個別に検討することにより、キャップレートの水準を低下させることが可能である。

 

図表【「投資不適格不動産」から「投資適格不動産」へのバリューアップ】 

符 号

定 義

AAA

投資対象として極めて優れていると判断される。

AA

投資対象として総合的に優れていると判断された

A

投資対象として数多くの好材料が認められ、中級の上位と判断される。

BBB

中級と判断される。投資対象として好材料もあるが、将来情勢によって適格さを阻害する要因がある。

BB

将来多様な要因に不確実性が見込まれ、投機的な要素を含むと判断される。

投資不適格。好ましい投資対象として適正さにかける点を含む。

 

 上記のような不動産の個別要因を詳細分析することにより、図表で定義されるような符号で投資対象となる不動産の分類を行うことも行っている。収益アプローチで事例としてあげた設備関連のリノベーション(個別空調、OAフロア対応、24時間対応)はキャッシュフローを改善させるとともに投資対象としての適格性を向上させるものであり、キャップレートの低下要因となる。また、エントランス・トイレ・外壁等のリニューアルについてもテナント競争力の向上によるキャッシュフローの向上とともにキャップレートの低下要因ともなり得る。

 

 以下、キャップレートアプローチの具体的な事例について簡単に解説したい。

  • 耐震補強工事 
  • 違法状態・係争問題・環境問題の解決 
  • 定期借家契約による賃料及び賃貸期間の固定化 
  • 区分所有、共有物件、底地の買い増しによる完全所有権化 

上記で述べたようにキャッシュフローを安定化・向上させるバリューアップ戦略を行うことによって、キャップレートも低下させることができるケースがあり、相乗的な不動産価値の向上が期待できるため、キャッシュフローに影響を与えるバリューアップ戦略がより実務においては重要視されている。