不動産の評価とリスク・リターン特性
不動産投資を行うにあたり必要となる基礎知識として、投資対象としての収益不動産の価格評価手法及びリスク・リターン特性を解説する。株式・債券等の伝統資産についてはMPTを始め各種ファイナンス理論が構築されており、投資分析のおいてはリターンがどのような源泉から生み出されたのかその要因分析を行うことが重要であると教えられる。一方、不動産については、戦後の高い経済成長とバブル期の価格高騰により将来のキャピタルゲインが見込まれたため、不動産特有の投資リスクが結果として問題にならなかった。そのため、不動産投資分析については体系的な研究対象とされてこなかったが、近年、不動産の金融商品化に伴い、独立した学問分野「不動産金融工学」として体系化が図られてきている。以下、不動産投資分析に焦点を当て、不動産投資のリスク・リターンについて実務的に活用可能な解説・検証を行うこととする。
不動産投資に必要な価格評価手法
1-1. 収益還元法による不動産価格の算出
不動産鑑定評価において、不動産価格は不動産に対する費用性、市場性、収益性の3要素(不動産価格の三面性)により決定されるものであり、その価格の評価手法は当該3要素に対応して、原価法、取引事例比較法、収益還元法の3つの評価手法に分類される。
図表【不動産の価格と評価手法】
価格の三面性 |
価格の評価手法イメージ |
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費用面 |
再度取得するのにコストがどれだけかかるか?(供給サイド) |
原価法
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積算価格=更地価格+(建物再調達原価-原価修正) |
市場性 |
同等のものを市場で売買する場合にいくらで取引されるか?(需給バランス) |
取引事例比較法
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比準価格= 類似不動産の取引価格×事情補正×時点修正×個別補正 |
収益性 |
利用により得られる収益はいくらか?(需要サイド) |
収益還元法
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収益価格= (総収益-総費用)÷還元利回り |
現状、不動産投資の入口として行う不動産評価においては、その収益性に着目した「収益還元法」が最重視される。収益還元法とは、「不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の総和を求めることにより不動産価格を求める手法である。」と不動産の鑑定評価では定義される。さらに収益還元法にはその方法によって、以下のとおり「直接還元法」と「DCF法(Discounted Cash Flow法)」の2つの手法に分けられる。以下、この2つの手法を簡単に説明する。
(1)直接還元法
直接還元法とは、「標準化した単期間の純収益をキャップレートによって還元する方法」である。収益還元法により求められる不動産価格(収益価格)は、次の式により求められる。不動産価格:、標準化した単期間のキャッシュフロー(純収益)の期待値:、キャップレート(Cap Rate):CRとする。
P=I/CR
上記計算式で分かるとおり、価格の決定においては、①キャッシュフローの査定及び②キャップレートの査定が極めて重要である。次節にて、実務で一般的に行われるキャッシュフロー及びキャップレートの査定方法を解説する。
直接還元法の特徴としては、以下の3点があげられる。
- 「元本=配当÷利回り」又は「配当=元本×利回り」という関係式であるため理論的に理解しやすく、計算が簡単である。また、類似不動産の取引事例との比較を行う際には直接還元法で用いるキャップレートを用いて比較検討を行う場合が多い。
- 具体例
年間収入150万円、年間支出50万円、キャップレート5%の不動産の収益価格は、(150万円-50万円)÷5%=2000万円と簡単に計算できる。
テナントとの間で2年後に賃料を坪単価500円引下げるという約定がなされている場合、実際のキャッシュフローとの乖離が発生してしまう。
- 収益価格の精度が、キャップレートの査定に大きく左右されてしまう。
- 具体例
①の具体例と同じ不動産とした場合、キャップレートの査定を6%とした場合の収益価格は、(150万円-50万円)÷6%=1666万円となる。キャップレートの変動幅1ポイント(5%→6%)に対し、収益価格は約17%(2000万円→1666万円)変動する。
(2)DCF法(Discounted Cash Flow法)
DCF法とは、「連続する複数の期間で得られるキャッシュフローを分析して、一定期間の予測キャッシュフローと将来における転売予想価格(これを復帰価格という)をその発生時期に応じて現在価値に割り引き、それぞれを合計する方法」である。不動産投資においては、10年程度の期間を設定することが一般的である。但し、商業施設(GMS)等でテナントとの間で賃貸借期間を20年とする定期借家契約が締結される場合には、20年間の安定したキャッシュフローが見込まれることからDCF法の期間も20年とする場合がある。
ここでは、①予測キャッシュフローの査定、②ディスカウントレート及びターミナルレートの査定が重要となる。次節にて、実務で一般的に行われるディスカウントレート、ターミナルレートの査定方法を解説する。
DCF法の特徴としては、以下の3点があげられる。
- 直接還元法と異なり、キャッシュフローに時間の概念を導入することが可能で、各年度のキャッシュフローの変動を織り込むことができる。(一方で、キャッシュフローの査定に恣意性が入る可能性があり、将来のキャッシュフローについて客観的に説明可能であるか注意を要する。)
- 具体例
建物経年劣化によるテナント競争力の減退を反映するため、賃料収入を段階的に下げていく前提をキャッシュフローに反映できる。
- 将来のキャッシュフローや復帰価格を現在価値に割引く必要があり、計算が複雑で簡単には計算できない。
- 直接還元法と同様であるが、収益価格の精度が、ディスカウントレートとターミナルレートの査定に大きく左右されてしまう。
バリューファクターによって生じる不動産リターン
■バリューファクターによって生じる不動産リターン
【リスクファクター=バリューファクターの説明】
リターン |
ファクター区分 |
バリューファクター(Value Factor) |
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キャピタル |
標準的市場価値 |
キャッシュフロー獲得能力 |
市場賃料全体の変動リスク |
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(理論価値) |
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市場物価コストの変動 |
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本源的価値 |
資産課税の変動 |
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(Intrinsic Value) |
地震・火災等の災害 |
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市場賃料変動に対する個別センシティビティ |
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陳腐化等による賃料競争力変動リスク |
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空室発生リスク |
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ディスカウントファクター |
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市場要求プレミアムの変化 |
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不動産市場取引のベースCap Rate |
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個別価値 |
個別プレミアム |
メンテナンス状況 |
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(理論価値) |
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立地等の物件の希少性 |
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個別発注力・コスト管理能力 |
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耐震性能 |
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テナントクレジット |
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物的・経済的・法的瑕疵 |
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不動産取引市場全体の需給の変動 |
経済状況等による需給変動 |
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(市場需給) |
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流動性・換価性の変動 |
インカム |
キャッシュフロー獲得能力 |
市場賃料全体の変動リスク |
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市場物価コストの変動 |
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本源的価値 |
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資産課税の変動 |
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(Intrinsic Value) |
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地震・火災等の災害 |
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市場賃料変動に対する個別センシティビティ |
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陳腐化等による賃料競争力変動リスク |
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空室発生リスク |
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個別プレミアム |
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メンテナンス状況 |
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立地等の物件の希少性 |
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個別発注力・コスト管理能力 |
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耐震性能 |
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テナントクレジット |
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物的・経済的・法的瑕疵 |
不動産投資のリスク分析
- 不動産投資のリスク分析
3-1.不動産投資リスクの原因となる不動産の特殊性
■財としての「不動産」の特殊性とは?
不動産は、オフィスビルや賃貸マンション等日常生活においてごく自然に利用しているものであり、また分譲マンションの購入もかなり身近な事例として想定できるものである。しかし、その不動産を投資対象として考えた場合、伝統資産である株式・債券と比べると様々な特殊性が浮かび上がってくる。不動産特有のリスクは、これらの特殊性から起因するものであるため、最初に不動産の特殊性について整理してみたい。
①個別性 :同じものが2つとない性格
個別性とは、非同質性や非代替性とも言い換えられるが、不動産は本来的に”同一”のものは存在しない。例えば、大手町エリアに建ち並ぶ「Aビル」と「Bビル」は同一エリア内にあるオフィスビルであっても、敷地面積、建物延床面積、建物築年数・グレード、テナント属性、キャッシュフロー等についてはそれぞれ異なり、同じリスク・リターンを持つとは言えず、代替性があるとも言えない。また、一方、伝統資産である株式は、発行会社が異なれば同一とは言えないが、同一発行会社の株式は投資単位が設定されており、同一のものが多数存在することから、同質性・代替性がある投資対象であると考えられる。
不動産は、伝統資産のように上場取引市場がなく、取引の必要に応じて相対取引されるのが通常である。不動産を購入又は売却しようとする場合には、不動産仲介業者を通じて売主又は買主をその都度探索する必要がある。従って、購入したいと考えても自らが希望する不動産が直ぐに見つかるか分からず、見つかったとしても希望する水準で購入できるかは分からない。また、売主・買主間で売買代金について合意したとしても、投資事前精査(デューデリジェンス)や売買契約書等の作成(ドキュメンテーション)を行う過程において、売買代金以外の事項についての協議が相当数存在し、取引成立までには相応の時間を要する。
③情報の非対称性(不透明性) :売主と買主の持つ情報レベルが異なる
売買取引における情報の非対称性とは、売主が取引条件を買主に提示する際、売主は全ての情報を保有しているが、買主は一部の情報しか持たない状況をいう。不動産売買においては、売主が所有者として不動産の全ての情報を保有するのに対し、買主は一般に限られた情報しか入手できない状況が存在する。但し、近年では買主側にて売買取引前にデューデリジェンスを行うことが一般的となり、売買前に物件情報の精査・分析が十分に行われるようになってきている。
また、既に述べたように、日本では不動産取引に関する情報公開が一般には義務付けられておらず、取引内容は一般的には公開されないことから、不動産売買にあたり比較すべき売買事例が極端に少ない場合がある。
④取引費用の存在 :伝統資産と比べて高い取引費用が存在する
有価証券取引における取引費用は、主として売買手数料(ブローカレッジフィー)のみであるが、不動産取引においてはブローカレッジフィーに加え、情報探索・調査コスト(金銭的、時間的コスト)、いわゆる不動産流通税(登録免許税、不動産取得税、印紙税)が必要となる。
有価証券取引においては伝統的に業界の協定による統一基準が設けられていたが、金融市場の規制緩和の一環で1999年10月に完全自由化され、証券会社が任意に決定することができるようになった。一方、不動産取引においては、宅地建物取引業者の媒介により売買契約が成立した場合、報酬の上限値(売買代金が400万円以上の場合、売買代金×3%+6万円+消費税等相当額)が宅地建物取引業法及び国土交通省告示で定められており、業界慣行としてこの上限値で報酬の支払が行われるのが一般的であり、有価証券取引と比較して相対的に高い水準にあると知られている。
⑤売買取引の単位 :伝統資産と比べて大口となる売買取引単位
上場株式の売買においては「単元株取引制度」が採用されていることから、一定の株数(銘柄によって異なるが、100株~1,000株が多い)を1単位として最低売買単位が設定されているため、多くの銘柄が10~100万円単位で売買が可能である。また、社債・国債等の債権売買(先物取引を除く)についても多くは1000万円未満の単位での売買が可能である。一方、不動産は一般に不動産ファンドやJ-REITが投資対象とする「投資適格不動産」は最低でも5~10億円以上であり、Aクラスのオフィスビルとなると1棟で100~1,000億円の売買金額となり、伝統資産と比べると大口の売買単位となる。
⑥マネジメントの必要性 :実物資産であり運営管理の巧拙が価値に影響する
伝統資産については一定のモニタリングが必要であるが、当該有価証券の管理自体がその価値に影響を及ぼす訳ではないのに対し、不動産は実物資産であるが故に管理・運営の巧拙が資産価値に直結し、投資リターンにも影響を及ぼす。
上記の他、不動産の特性としては以下のものが通常あげられる。
- 地理的位置の固定性、不動性:土地の地理的な位置は変わらず、動かない。
- 永続性、不変性、不増性:土地自体は永続的なものであり変わらず増えない。
- 用途の多様性:一定の制約はあるが、様々な用途で使用される可能性がある。
- 併合及び分割の可能性:土地は更地であれば容易に分割可能であり、隣地を取得することにより角地を広げることも可能である。
- 社会的及び経済的位置の可変性:地理的な位置は変わらないものの、その不動産の属するエリアの衰退・発展等により利便性・繁華性は変化することから、その価値は変わってくる。
不動産市場は、「不動産」という株式や債券と比較して特異な特性を持つ財を対象にしたマーケットであり、上記にあげたような特性から効率的な価格形成は困難であり、非効率的な市場であると考えられている。しかし、非効率的な市場であるが故に高い専門性を持った参加者のみが相応のリターンが得られる関係になっており、リスク分析の巧拙が不動産投資の最重要ポイントとなってくる。
3-2.不動産投資のリスクとは?
証券投資においてリスクとは、期待収益(投資収益率)からの乖離の程度を分散、標準偏差を用いて測った「投資収益の不確実性」と定義される。また、証券価格についてある一定期間においてどの程度価格変動するかを示すパラメータとして投資収益率の標準偏差を用いて定義され、ボラティリティー(volatility)とも呼ばれる。不動産投資においてリスクをどのように定義すればよいかが本節のテーマである。
■不動産のリスクファクターとは?
不動産投資において「リスク」といった場合には、上記の「投資収益の不確実性」を意味する場合と「損失を被る可能性やその損失が発生する要因」を意味する場合の二つに分類できる。
不動産のリスクファクター 不動産リスク=不動産市場リスク+個別リスク+イベントリスク |
- 不動産投資リスク=不動産市場リスク+個別リスク
=賃貸市場リスク・売買市場リスク(システマティックリスク)+個別リスク・イベントリスク(アン・システマティックリスク)
- 不動産投資リスクは、伝統資産と同様に分析することができるが、数値化できないアン・システマティックリスクの分析が困難である。
1.不動産市場リスク キャッシュフロー(賃料収入)の減少に関するリスク テナントの誘致競争に関するリスク 物件の取得競争に関するリスク 不動産の運用費用等に関するリスク
2.個別リスク 不動産の流動性、取引コスト等に関するリスク 不動産の欠陥・瑕疵に関するリスク 共有物件に関するリスク 区分所有物件に関するリスク 借地物件に関するリスク 借家物件に関するリスク 未稼働物件(開発物件を含む)の取得に関するリスク 鑑定評価額等に関するリスク わが国における不動産の賃貸借契約に関するリスク 不動産の偏在に関するリスク テナント集中に関するリスク 転貸に関するリスク 不動産に係る所有者責任に関するリスク 不動産の売却に伴う責任に関するリスク 民法上の組合の組合員になることに関するリスク 不動産に関する権利関係の複雑性及び公信力がないことによるリスク 売主の倒産の影響を受けるリスク
3.イベントリスク(ハザードリスク) 火災、破裂爆発、落雷、風雹雪災、火災、電気的事故、機械的事故その他偶発不測の事故に関するリスク テナントの支払能力に関するリスク 不動産に係る行政法規・条例等に関するリスク 法令等の改正等に関するリスク |
付加価値の創出(バリューアップ)の仕組み
2-2. 付加価値の創出(バリューアップ)の仕組み
■不動産のバリューアップ戦略とは?
不動産投資マーケットでは不動産ファンドやJ-REITが積極的な投資スタンスでいる一方、投資対象となる「投資適格不動産」の供給不足により、物件獲得競争が繰り広げられている。その中でより一層注目を集めているのが、投資対象についてバリューアップを施す前提で投資を行う投資戦略(これをバリューアップ戦略という)である。ここでいう「バリューアップ戦略」とは何か? 概念的には以下のように説明できる。
収益不動産は一般に土地と建物から構成され、その用途はオフィスビル、賃貸住宅、商業施設・店舗、ホテル、物流倉庫等々と様々である。バリューアップ戦略の根本的な視点は、一つの不動産がその不動産が本来的に持つ潜在価値(ポテンシャル)を最大限発揮しているかどうか? という点に尽きる。例えば、東京駅至近の土地に低層の倉庫が存在すると仮定しよう。この不動産はその潜在価値を最大限発揮していると言えるだろうか。答えは否である、と不動産の専門家でなくとも容易に想像がつくであろう。その土地が人通りの多い繁華性の高いエリアに存するのであれば、低層階はコーヒーショップ、コンビニ、物販店舗、アパレル店舗、金融機関の店舗等のテナントを誘致した方が明らかに収益性の高い不動産になる。また、東京駅至近であり交通利便性が高いことから周辺エリアはオフィス街が広がっているとすれば、中層~高層階はオフィスビルとすべきであると考えられる。
バリューアップ戦略とは、このように現状何らかの理由によりその不動産の持つ潜在価値を最大限発揮していない不動産を取得のうえ、バリューアップに必要となる各種ノウハウ・スキル・ネットワークを駆使して追加投資を行い、潜在価値を引き出すことにより不動産価値を高めることを意味する。なお、不動産について付加価値を創出するという観点から「バリューアッド(Value-Added)戦略」という言葉も使われるが、基本的にはバリューアップ戦略と同様の意味であると理解する。
なぜ物件獲得競争が過熱しているマーケット環境下、バリューアップ戦略が注目されるか? 理由は以下のとおり説明できる。不動産投資のプレーヤーが少なかった時期においては、不動産売買マーケットは買い手市場であったため比較的割安に投資対象を取得(仕入れる)ことができ、それを単純に転売することにより売却益を稼ぐことが可能であった。しかし、不動産投資プレーヤーが急増し不動産売買マーケットが売り手市場となったため、一般的な売買取引において割安に投資対象を取得することが困難な状況となってしまった。他の不動産投資プレーヤーと差別化を図り、的確にリターンを狙うための手法として、バリューアップ戦略が注目されているのである。
次にバリューアップ戦略の類型を整理してみたい。
バリューアップ戦略の類型 ① 収益アプローチ:「収益面」に着目し、いかに収入を増やすか? ② 費用アプローチ:「費用面」に着目し、いかに支出を減らすか? ③ キャップレートアプローチ:「キャップレート」に着目し、いかにキャップレートを下げるか?(投資対象として優れているAクラス物件にいかにするか?) |
上記のとおり、バリューアップ戦略は3つの類型に分かれる。一つ目は、収益アプローチ、二つ目は費用アプローチ、三つ目はキャップレートアプローチである。何度も登場するが、以下の不動産価値を算出する収益還元式で考えると、不動産価値を向上させるためには、分子のキャッシュフローを向上させる戦略を取るか、分母のキャップレートを下げる戦略を取るかいずれしかない。次に3つの類型を個別に解説する。
P=I/CR (1-1)
■収益アプローチとは?
収益アプローチは、キャッシュフローを向上させる戦略のひとつで、既に述べた総収益について改善余地がある場合に採用可能なバリューアップ戦略である。具体的には、以下のとおり分解できる不動産賃貸収入をどのように向上させるかに懸かっている。
不動産賃貸収入 = 満室稼動時賃貸収入 - 空室損失 = 賃料単価(共益費込) × 賃貸面積 × 稼働率 |
まず、建物設備・仕様が経済的・機能的に陳腐化しており、周辺エリアにおけるマーケット水準と比較して、賃料単価や稼働率が相対的に低くなっているオフィスビルを想定する。この場合には、以下のような各種リニューアル工事を実施し、テナント競争力を回復させることにより、賃料単価や稼働率の上昇を図り満室稼動時賃貸収入を増加させ、空室損失を下げることが可能となるのである。これらの工事を行うことを「リノベーション(Renovation)」という。リノベーションにあたっては、リノベーションに要するコストと実施することで得られるリターンを比較し、費用対効果を検証する必要がある。なお、ここでいうリターンとは、キャッシュフロー向上による収入増のみならず、キャッシュフロー向上を通じて不動産価値自体の増分を考慮する必要がある。
問題点 |
バリューアップポイント |
空調設備がセントラル制御 |
テナントの自由度が高い個別空調化 |
室内の床がOA対応していない |
PC配線が床下に納められるOAフロア対応 |
出入りが24時間対応していない |
24時間対応化 |
トイレが和式のみである |
トイレを全面リニューアル、洋式化+温水洗浄便座に |
エントランス、エレベーターホールが暗い・汚れが目立つ |
エントランスやエレベーターホールを全面リニューアル |
次に、建物設備・仕様の陳腐化自体が問題でなく、不動産の立地するエリアの特性が変化してしまったことにより、建物用途に問題があるケースが想定される。この場合の対応策としては、①建物取壊し+建替え(新築)、②建物改修+用途変更(この工事を「コンバージョン(Conversion)」という)のいずれかを行うことにより賃貸収入アップを図ることを検討できる。従来、上記のようなエリアの特性変化により当該エリアでの最適用途に適合しなくなった不動産については、①の取壊しのうえ建替えるという手法が用いられてきたが、近年では②のコンバージョンを採用する事例が増えてきている。コンバージョンの特徴(メリット)は、建替えと比較して建築コストが低く抑えることができ、改修に必要となる工事期間が短期間で実施可能である点にある。コンバージョンの具体例としては、オフィスビルを賃貸住宅へと転換するケース、オフィスビルをホテルに転換するケース等様々なケースがあるが、法令上の制限等の関係からどの不動産でも実施可能という訳ではなく、一定の制約があるため実施には限度がある。
なお、収益アプローチとしては、最も古典的な手法でリスクの少ない手法であるが、広告看板や自動販売機を設置することにより「賃貸面積」を増やす手法がある。但し、そのキャッシュフローに与える効果は限定的であると言わざるを得ず、劇的な変化は望めない。
■費用アプローチとは?
費用アプローチは、収益アプローチと同様、キャッシュフローを向上させる戦略のひとつで、既に述べた総費用について改善余地がある場合に採用可能なバリューアップ戦略である。具体的には、建物管理費を適切な方法により削減することを検討する。なお、建物管理費以外のコストは通常不動産を保有・維持するために必ず必要となるものであり、削減は困難である。[1]
[1] 短期間での転売を前提とした不動産ファンド等では投資リターンの極大化を目的として建物の修繕を殆ど行わずキャッシュフローを向上させるケースもあるが、もちろんバリューアップ戦略とは言えない。
建物管理費の項目で解説したとおり、建物管理費は建物を管理するための必須コストであるとともに、建物の資産価値を維持するための重要な投資コストであるため、キャッシュフローを向上させるためにいたずらに建物管理費を削減することはできない。管理の仕様を落としすぎてしまった場合には、テナント競争力の低下や設備の機能低下を招き資産価値自体が下がってしまいかねない危険がある。
管理運営方法の改善策として、具体的には、警備関連費用について有人による巡回管理としていたところを機械警備に変更したり、機械式駐車場について有人常駐管理としていたところを無人管理としたりする等の方策が見られるが、その不動産の特性と現状の管理仕様を踏まえて個別に検討する必要がある。
また、建物管理会社について現状の業務委託先に機械的に継続委託するのではなく、管理仕様を一定に揃えたうえで入札方式により決定するなどの方策も実務においては重視されている。
■キャップレートアプローチとは?
キャップレートアプローチは、キャップレートを下げることにより不動産価値を高めるバリューアップ戦略である。既に、キャップレートはその不動産の立地するエリアキャップレートに不動産の立地条件・規模・耐震リスク・設備の良否・テナント形態等の個別要因を適正に反映して、評価対象となる不動産個別のキャップレートを査定するものであると解説した。そこで、不動産の立地は動かしようがないが、その他の要因については個別に検討することにより、キャップレートの水準を低下させることが可能である。
図表【「投資不適格不動産」から「投資適格不動産」へのバリューアップ】
符 号 |
定 義 |
AAA |
投資対象として極めて優れていると判断される。 |
AA |
投資対象として総合的に優れていると判断された |
A |
投資対象として数多くの好材料が認められ、中級の上位と判断される。 |
BBB |
中級と判断される。投資対象として好材料もあるが、将来情勢によって適格さを阻害する要因がある。 |
BB |
将来多様な要因に不確実性が見込まれ、投機的な要素を含むと判断される。 |
C |
投資不適格。好ましい投資対象として適正さにかける点を含む。 |
上記のような不動産の個別要因を詳細分析することにより、図表で定義されるような符号で投資対象となる不動産の分類を行うことも行っている。収益アプローチで事例としてあげた設備関連のリノベーション(個別空調、OAフロア対応、24時間対応)はキャッシュフローを改善させるとともに投資対象としての適格性を向上させるものであり、キャップレートの低下要因となる。また、エントランス・トイレ・外壁等のリニューアルについてもテナント競争力の向上によるキャッシュフローの向上とともにキャップレートの低下要因ともなり得る。
以下、キャップレートアプローチの具体的な事例について簡単に解説したい。
- 耐震補強工事
- 違法状態・係争問題・環境問題の解決
- 定期借家契約による賃料及び賃貸期間の固定化
- 区分所有、共有物件、底地の買い増しによる完全所有権化
上記で述べたようにキャッシュフローを安定化・向上させるバリューアップ戦略を行うことによって、キャップレートも低下させることができるケースがあり、相乗的な不動産価値の向上が期待できるため、キャッシュフローに影響を与えるバリューアップ戦略がより実務においては重要視されている。
キャップレート等の不動産利回りの査定方法
1-3. キャップレート等の不動産利回りの査定方法
■キャップレートはどのように査定するか?
キャップレートは、前述したとおり直接還元法を適用して不動産価格を求める際、キャッシュフローを還元する利回りとして使用される。下記式からも分かるとおり、キャップレートは不動産価格に対するキャッシュフローの割合を示す利回りとも認識できる。実務では、キャッシュフローの認識が異なることによる誤解を避けるために、NOIをキャッシュフローとして計算するキャップレートを「NOIキャップレート」、NCFをもとに計算するものを「NCFキャップレート」と呼んでいる。説明なしにキャップレートと言うときは、「NCFキャップレート」を意味する場合が多い。
不動産評価の実務においてキャップレートを査定する際、一般的に用いられているのが「類似不動産の取引事例から求める方法」[1]である。その不動産の属するエリア内の類似の特性を持つ不動産の取引事例を考慮のうえ、当該エリアの標準的な不動産のキャップレート(エリアキャップレート)を決定する。以下はエリアキャップレートの一例である。エリアキャップレートは一定に決められるべきものではなく、需給環境・業務集積度・繁華性等の変化と共に常に変化するものである。
[1] その他、「借入金と自己資金にかかる還元利回りから求める方法」、「土地と建物の還元利回りから求める方法」、「割引率との関係から求める方法」等がある。
エリア |
キャップレート(CR) |
丸の内・大手町 |
3.0% |
青山 |
3.2% |
西新宿 |
3.3% |
新橋 |
3.7% |
ここで「類似不動産の取引事例」の収集方法が問題となる。日本では不動産取引に関する情報公開が一般には義務付けられていないため、通常は当事者の秘密保護の観点から取引内容については公開されない。しかし、上場REITによる不動産取得に関するディスクローズにより相当数の取引事例が参照できるようになった。また、財団法人日本不動産研究所や生駒シービーリチャードエリスが不動産投資家へのアンケート等によりキャップレートのマーケット調査を行っている。しかしながら、伝統資産と同等レベルの標準的なインデックスが作成・整備されている状況とは言い難いのが現状である。
次に、エリアキャップレートにその不動産の立地条件・規模・耐震リスク・設備の良否・テナント形態等の個別性を適正に反映して、評価対象となる不動産個別のキャップレートを査定する。
さらに、キャップレートは、これらの不動産独自の要因に加えて、資本市場における金融商品(国債、社債、株式等)の各種利回り・金利との関係によっても変化する。ここでは伝統的なファイナンス理論で用いられる「ビルディングブロック(積み上げ)方式」により以下のように不動産のキャップレート(不動産リターン)を分解する。
不動産キャップレート(不動産リターン) キャップレート=リスクフリーレート+不動産リスクプレミアム-純収益の期待成長率 |
ビルディングブロック方式の基本的な考え方は、リターンをいくつかの構成要素に分解し、個々の要素について予測値を設定し、それらの積み上げによりリターンを予測する方式である。リスクフリーレートはリターンのベースとなる部分であり、国債等の無リスク資産から得られるリターンである。不動産プレミアムは不動産に対して投資することにより生じるすべてのリスクから生じるリスクプレミアム部分である。
■ディスカウントレート(割引率)はどのように査定するか?
割引率とは、将来において得られるキャッシュフローを現在価値に割り戻すための利回りである。
ディスカウントレートは、不動産投資を行うに際して求められる収益率とも言い換えられ、不動産投資に対する資金を調達するために必要となるコストとも考えられる。不動産への投資は、伝統資産への投資と異なり不動産特有のリスク(後述する)があるため、例えば、ディスカウントレートは国債等の金利水準(1.5%)に対して不動産リスクプレミアム(3%)を上乗せして4.5%と求めることもある。
■ディスカウントレートとキャップレートとの関係は?
キャップレートは不動産価格に対する単年度のキャッシュフローの割合である収益性を示す利回りであるのに対して、ディスカウントレートは将来のキャッシュフローを現時点の価値に割り戻すために使用され、異時点間のキャッシュフローを同一比較させる効果を持つ元本価格・収益の将来期待変動率(ΔP)を含んだ利回りである。すなわち、以下の式を用いて両者の関係を表すことができる。
【キャップレート=ディスカウントレート-不動産価値の増減×償還基金率】
または、
【ディスカウントレート=キャップレート+不動産価値の増減×償還基金率】
ここで償還基金率は、次の式により求められる。例えば、n=10年、i=5%とする償還基金率は0.079505である。
上記式により、キャップレートとディスカウントレートには以下のとおり一定の関係があると理解できる。この関係を利用することにより、キャップレートとディスカウントレートのどちらか片方を査定し、不動産価格の増減を予測することにより、もう片方の数値を査定することができるのである。
・ΔPがプラス(不動産価格・収益の上昇が期待する場合)には、DR>CR
・ΔPがマイナス(不動産価格・収益の下落が期待する場合)には、CR>DR
・ΔPがゼロ(不動産価格・収益が安定的に推移すると期待する場合)には、CR=DR
■ターミナルレート(最終還元利回り)はどのように査定するか?
ターミナルレートは、DCF法において投資期間を10年と設定した場合、投資期間の終了時点である10年目においてその不動産を売却する際に適用されるキャップレートである。11年目のキャッシュフローをターミナルレートで還元することにより復帰価格(転売価格)を求めることができる。
現状、不動産の鑑定評価においてもターミナルレートの設定にあたっては、下記例のとおり「不動産価格が10年後に10%下落する。」という前提を置いている場合が多く見受けられる。
【ターミナルレートの計算】 1.前提 ・ディスカウントレート:4.5% ・10年後に不動産価格が10%下落する。(ΔP=10%) ・償還基金率:0.081379 2.計算 ターミナルレート=ディスカウントレート4.5%-(-10%)×0.081379=5.3% |
キャッシュフローの査定方法
1-2. キャッシュフローの査定方法
■「キャッシュフロー」とは?
不動産の賃貸事業により得られる純収益を意味する「キャシュフロー」は、概念的に「総収益から総費用を引いたもの」として理解されるが、統一的な定義がある訳ではなく実務では様々な使い方がなされている。ここでは、実務でキャッシュフローを表すために使われるNOI、NCF等の用語について解説のうえ、総収益・総費用等の中身を整理し、査定上の留意点をまとめる。
図表2【キャッシュフローの定義】
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図表2を見て分かるように、総収益とはその不動産を賃貸することで標準的・経常的に得られる全ての現金収入を、総費用はその費用を保有・管理運営するために標準的・経常的に必要となる全ての現金支出をそれぞれ意味する。なお、ここでは現金支出を伴わない企業会計上の減価償却費は計上しないのが通常である。
NOIは、総収益から総費用を控除して計算され賃貸事業により経常的に得られる現金収入を意味し、NCFは、NOIから突発的・臨時的に発生する長期修繕費、テナント募集経費を控除し、敷金・保証金等の一時金の運用益及び償却額を足して計算される現金収入を意味する。NOI・NCFはその不動産を賃貸することによって生じるキャッシュフローを表すものであり、不動産を取得するために調達した借入金の金利コストやいわゆるアセットマネジメント業務に係る報酬は含まれない概念である。
■総収益の査定
(1)賃料収入及び共益費収入
賃料及び共益費は、通常、「月額賃料・共益費=賃貸面積×賃料・共益費坪単価」で契約されるため、賃貸面積及び坪単価のそれぞれを適切に把握することが重要である。賃貸面積(契約面積ともいう)は、共用部分(エレベーターホール、トイレ、給湯室、共用廊下等)を除く、テナントが専用的に使用できる専有部分を対象とするのが一般的であるが、小型ビルや一棟全体を一括賃貸する場合(一棟貸し)には、専用部分に加え共用部分を含めて賃貸面積としているケース[1]があるので比較をする際には留意を要する。すなわち、一棟貸しの物件で賃貸面積あたりの坪単価が周辺相場と同等水準であったとしても、そのテナントの退去後に一括貸しの後継テナントが見つからず、その物件を複数のテナントに賃貸せざるを得ない場合も想定される。このようにマルチテナント化する場合には、従前は賃貸面積に含まれていた共用部分が賃貸面積でなくなる結果、賃貸面積が大幅に減ってしまうことから従前の賃料坪単価と同水準で賃貸できたとしても賃貸収入は大幅に減ることに注意する必要がある。
[1] 専用部分のみを賃貸する通常のケースを「ネット貸し」と呼ぶのに対し、共用部分を含んで賃貸している場合を「グロス貸し」とも呼ぶ。
賃料水準の妥当性を検討するにあたり用いる坪単価は、賃料と共益費を合計して計算した「共益費込の賃料坪単価」を採用する。これは、テナントがオフィスビルを借りる際に賃料と共益費を合計した「共益費込の賃料」で物件毎の賃貸条件を比較するためである。名目上、賃料と共益費に分かれているだけであり、それぞれを比較するのではなく、賃料と共益費の合計額で水準比較を行う(以下、単に賃料という場合には共益費を含む)。
賃料水準は、物件の現状及び過去の賃料水準の検証、類似の賃貸事例データの収集、賃貸仲介会社へのヒアリング等により査定を行う。しかし、同一エリア内の物件であっても、物件毎の個別要因、すなわち立地(最寄り駅からのアクセス、道路付け)、建物仕様・設備(個別空調、OA対応、24時間対応、天井高、電気容量、床荷重)、建物経年(築年数)、賃貸可能面積(同一階のフロア面積)等により大きく水準が異なってくるため、専門家による査定が必要となってくる。最近は地震被害を考慮して耐震性(1981年の建築基準法改正後の「新耐震設計基準」を満たしているかどうか?)もテナントがオフィスビルを選別する際のポイントになっている。また、大手不動産会社やJ-REITが保有するようないわゆるスーパーAクラスビル[2]ではビル名を言えば誰でも分かる「ランドマーク性」や「ブランド性」も賃料決定の重要な要因となっている。
[2] 例えば、東京都心あれば「丸の内ビル」、「六本木ヒルズ」、「霞ヶ関ビル」、「恵比寿ガーデンプレイスタワー」等である。
図表3【オフィスビルの建物仕様・設備の目安】
仕様・設備 |
判断の目安 |
個別空調 |
空調設定をテナントが個別に制御できるか、ビル全体のセントラル制御か。 |
OA対応 |
OAフロアやフリーアクセスフロアと呼ばれる二重床が設置してあるか。 |
24時間対応 |
専有部分へ24時間自由に出入りをすることができるか。 |
天井高 |
天井の高さが2.5~2.6m程度あればAクラス。 |
電気容量 |
コンセント電源の電気容量が40~60VA/㎡程度あればAクラス。 |
床荷重 |
床荷重が300kg/㎡程度あればAクラス。 |
フロア形状 |
整形でデットスペースが少ないか。柱が多くないか。 |
耐震性 |
新耐震設計基準を満たしているかどうか。 |
(2)水道光熱費(収入項目)
収入項目としての水道光熱費は、オフィスビルにおける専用部分に係る電気料金、水道料金、時間外空調費用等の実費相当額の料金収入を意味する。これは、オフィスビルは所有者が一括して電力会社、ガス会社、水道局等と使用契約を締結するため、専用部分に係る水道光熱費は所有者が各テナントから使用実績に応じて料金を徴収する形態となっているためである。水道光熱費は、物件によって大きく異なるので過去の収支実績(トラックレコード)をもとに計上すべきである。
一方、所有者は専用部分と共用部分の水道光熱費を支払うため、テナントから徴収する水道光熱費(収入項目)と電力会社等へ支払う水道光熱費(支出項目)の双方を計上する場合と、両者を相殺した金額を収入又は支出のどちらかに計上する場合がある。一般的には、所有者は空室発生時にも水道光熱費の収支がマイナスにならないようにテナントからは実費よりも多く料金徴収している場合が多く見受けられる。査定にあたっては、安定的に収支がプラスになっていれば収入として計上するが、不安定な場合や異常に大きく収支がプラスになっている場合等は適切に補正すべきである。
一方、賃貸住宅の場合には各住戸が個別に電力会社、水道局等と契約する形態であるため、通常、水道光熱費は収入計上されない。
(3)駐車場収入
駐車場収入は、月極貸し形態での賃貸収入と時間貸し形態での賃貸収入とに分類される。いずれの場合についても過去の稼動実績・収入実績、周辺駐車場の単価等のデータを用いて安定的な収入水準の査定を行う。月極貸しの場合は入居テナントに対して貸すことがメインであるが、貸室部分が満室稼動であるのに駐車場の稼働率が低い場合には設定単価に問題があるか、機械式駐車場等で使い勝手が悪いか等原因を分析する必要がある。そのような場合には改善策として設定単価の見直し、外部テナントへの貸し出し、時間貸しへの転換等の検討が必要である。
(4)その他収入
その他収入として一般的に計上され得るのは、オフィスビルにおいては看板使用料、自動販売機収入、携帯電話アンテナ・基地局設置収入、賃貸住宅においては礼金収入、更新料収入である。
(5)空室損失
空室損失とは、不動産賃貸においてテナントが退去してから新たに入居するまでに未稼働期間(空室期間)が現実には発生することから、空室期間に応じた賃料収入の減少幅を意味する。通常、純収益の変動分析を分かりやすく行う目的で、まず、賃料収入や駐車場収入は満室・全区画稼動した場合を想定し、その不動産が最大どれだけ収入をあげることができるかを示す「潜在賃貸収入」を把握する。次に、物件の過去の空室実績、現在の空室状況、周辺マーケットの空室率等のデータを考慮のうえ、潜在賃貸収入に対して現実的に獲得可能な賃料収入の占める割合である稼動率(空室率=1-稼働率)を査定し総収益を算出する。
空室率は、事務所・店舗・駐車場等の用途に応じて個別に設定する。また、一棟貸しの物件で定期借家契約等により賃貸期間中の解約禁止特約が付されており、長期にわたり空室となる可能性が低い場合には空室損失を計上しない場合もある。空室損失は総収益のマイナス項目として計上される場合と総費用の一項目として計上される場合があるが、経費率の水準比較を適切に行うためもあり、一般的には総収益のマイナス項目として計上される場合が多い。
(6)貸倒損失
貸倒損失は、テナントの倒産等の理由で賃料不払いが発生した場合に所有者が被ると予測される損失相当額を計上するものである。通常、敷金・保証金等の一時金によって損失の担保がなされていると判断されるため、計上しないケースが多い。
(7)一時金運用益
一時金運用益は、不動産鑑定評価において、テナントから預託されている敷金・保証金等の一時金に係る資金運用益として一時金×2%程度を計上するものであり、NOIからNCFを算出する際の加算項目として用いられる。一方、投資判断を行う際の査定においては現状の金利環境に鑑み収入としては見込まないのが通常である。
■総費用の査定
(1)建物管理費(ビルメンテナンスフィー、BMフィー)
建物管理費は、建物のハード面を管理するためのコストであり、大まかに①設備関連、②清掃関連、③警備関連から構成される建物管理業務(BM業務)に対するコストである。それぞれの詳細内訳は、以下のとおりである。
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建物管理費は、建物を管理するための必須コストであるとともに、建物の資産価値を維持するための重要な投資コストであると認識する必要がある。キャッシュフローを向上させるために建物管理費をあまりにも削減してしまうと、テナント競争力の低下や設備の機能低下を招き資産価値自体が下がってしまいかねない。但し、仕様レベルが過剰となっている場合やマーケット水準と比較して高水準と判断される場合には、適切な水準への減額を検討する。
建物管理費の水準は、オフィスビルであれば規模・設備によって異なるため個別に仕様書・見積書にて水準の適否を確認する必要がある。仕様書等の詳細資料が入手できず概算レベルで査定する場合には、延床面積ベースでの現行の管理費坪単価を算出し、一般的な水準と言われる坪単価800~1,000円程度との乖離の程度を確認する。
なお、清掃関連では、共用部分の清掃費以外にテナントが専用部分において委託する清掃費を所有者が一括して清掃業者に発注するケースがある。この場合には、テナントから共益費とは別に清掃費を徴収していることから、通常の共用部分に係る清掃費とは区別して把握すべきである。
(2)プロパティマネジメントフィー(PMフィー)
建物管理費がハード面であるのに対し、PMフィーは賃貸事業のソフト面を管理するためのコストである。PM業務は、必ずしもその業務内容は一律でなく契約毎に異なるものであるが、プロパティマネジメント会社(PM業務の委託を受けた管理会社、略してPM会社という)は、オーナーが所有者又は賃貸人として行うべき各種の事務手続きを代行し、物件管理に関する対外窓口となる役割を担うことになる。具体的な業務内容としては、建物管理会社の管理・監督、テナントリーシング業務、修繕・資本的支出関係業務、請求・入出金・口座・台帳管理業務、レポーティング業務等があげられる。所有者は建物管理窓口を一本化させるためPM会社に対してBM業務を委託することが多く、PM会社は自らBM業務を行うか、外部の専門会社に対して再委託することになる。
PMフィーの水準はBMフィー相当額を除いたベースで、賃料収入に対する割合(賃料収入×2~4%程度)で決められる場合が多いが、物件管理に係る事務手間、テナント数、報酬の絶対額により個別に設定される。
(3)経常修繕費、長期修繕費(資本的支出)
経常修繕費には、建物の機能維持に経常的に必要となる改修費用のうち資本的支出に該当しない修繕費を計上する。一方、建物の機能維持に臨時的に必要となる費用で、建物の使用可能期間を延長させる工事及び設備等の全面的更新を対象とする工事については資本的支出に該当するものとして長期修繕費として計上する。
経常修繕費及び長期修繕費は、通常はエンジニアリングレポートの長期修繕計画(実地調査による現状の劣化レベルと統計的な修繕・更新費用の見積りをもとにして、対象期間を10年や12年として当該期間において発生すると予測される経常修繕費・長期修繕費を推定したもの。)をもとに計上する。エンジニアリングレポートが無く概算値で計上する場合には、当該建物の建築費(再調達原価)を推定のうえ、建築費に対して適切な割合(建物用途・仕様・築年数等によって異なるが、一般的には経常修繕費と長期修繕費の合計で1%程度が目安とされる)を乗じて概算値を求める。
(4)水道光熱費(費用項目)
費用項目としての水道光熱費は、共用部分に係る電気料金、水道料金等の実費相当額の支出を意味する。収入項目と同様、水道光熱費は、物件によって大きく異なるので過去の収支実績をもとに計上すべきである。一棟貸しの場合等で共用部分も含めてテナントに賃貸している場合には、テナントが全額負担する場合もある。
(5)公租公課
土地建物の所有者として課税される公租公課として、固定資産税及び都市計画税(合わせて固都税と呼ぶ)を計上する。固都税は、課税明細書、土地家屋名寄帳、評価証明書、公課証明書等の資料により確認した税額の実績を計上する。
固都税には各種軽減措置があるため、固定資産税評価額のみでは適切な税額を把握しきれない場合があり、課税標準額及び税額をできるだけ把握する。特に、新築の賃貸住宅で一定の要件を満たす場合には、当初3~5年間に限って税額が減額されるので過去実績のみで判断せず、軽減措置が終了した後の税額を把握のうえ査定する必要がある。
また、土地及び建物に係る公租公課に加えて、償却資産(看板、受変電設備、立体駐車場設備等)がある場合には償却資産に係る固定資産税が負担となることに留意する。
(6)損害保険料
建物所有者として一般的に付保する保険としては、①火災保険、②賠償責任保険、③利益保険がある。この他、地震リスクをヘッジするための地震保険を付保する場合があるが、保険料負担が大きいため現実的には付保されるケースは極めて少ない。保険料は見積書があればそれを採用するが、概算で把握する場合には建物の再調達原価の0.1%程度を計上する。
(7)その他費用
その他費用としては、道路占用料、町内会費・自治会費、CATV視聴料、インターネット使用料、支払地代等があるが、実績に応じて計上する。
(8)テナント募集経費(テナントリーシングコスト)
テナント募集経費とは、テナントを誘致するために必要となるコストであり、テナント仲介業者宛て支払う仲介手数料(賃料1か月分相当額)、テナント募集広告宣伝費用から構成される。テナント入替率(1年に全体の何%が入れ替わるか?)・回転期間(何年でテナントが全て入れ替わるか?)等を考慮のうえ査定を行う。一般にオフィスビルよりも賃貸住宅の方が回転期間は短く、ワンルームの賃貸住宅においてはテナント入替率25%(回転期間4年)程度で計上する場合が多い。計上区分としては、総費用の一項目とする場合と、NOIからNCFを算出する際の控除項目として計上する場合がある。